ナイカイ塩業工場内設置作品
時の輪郭
食塩の純度に触れる
瀬戸内の産業の歴史にとって、塩はこの土地の風土をそのまま生かしている産業といえます。
ナイカイ塩業は、それをまさに体現している企業です。
この瀬戸内の綺麗な海は本当にゴミがなくて美しい、日本の宝物。ナイカイ塩業は、この海水をそのまま高純度で食塩に仕上げる、日本で有数の企業です。普通は塩を作る工程で様々な雑菌などを物的な工程が入ることがあります。しかしナイカイ塩業では、このようなプロセスではなく、古くから伝わる塩田の頃からの技術をベースにした製法で、殺菌などを行わず、自然な状態でしかも安全に食塩に仕上げています。
その塩の製作過程とともに、純度を体感していただきます。









アーティストインタビュー
山本 基
私は広島県尾道市の出身で、海からわずか二百メートルの場所で育ちました。幼少期の原風景にはいつも瀬戸内海があり、今でもチャポンチャポンという柔らかな波音を聞くと、心が落ち着きます。ナイカイ塩業周辺の風景にも、どこか懐かしさを感じました。製塩産業は私にとって身近なものでした。子どもの頃には、流下式塩田と呼ばれる、ワラやヨシの茎を編んだ道具を使う製塩法をあちこちで見かけることができました。しかし、そうした伝統的な製塩技術は、時代とともにほとんど姿を消してしまいました。日本で流通する塩の多くが輸入塩に依存し、その中でもメキシコ産の天日塩が重要な供給源となっていると知ったとき、「もう日本の海から採れた塩を口にする機会は限られているのかもしれない」と感じたことを覚えています。奥能登国際芸術祭への出展時、私は石川県珠洲市で作られる海水仕込みの塩を作品に使う機会に恵まれました。その際、同じく純度の高いナイカイ塩業の塩も一部使用し、塩を通じた新たなご縁が生まれました。そして間もなく、今回の展示のお話をいただき、偶然が重なることの面白さを感じています。
『時の輪郭』という作品タイトルには、近年私が強く意識している「時間」というテーマが込められています。今年86歳になる父は、年齢を重ねるにつれ、大切な記憶を少しずつ失っていくようになりました。かつて私の作風を築くきっかけとなった、若くして亡くなった妹の記憶も、父の中では薄れつつあります。まるでザルに水を注ぐように、大切な思い出が少しずつこぼれ落ちていくのです。かつて娘を思い続けていた父の姿を知っているからこそ、その変化を目の当たりにすることに言い知れぬ感情が湧きます。大切な記憶は「今」にあるわけではなく、多くの場合「過去」に存在しています。しかし、それは単に過去に囚われるということではありません。私にとって、作品は大切な人との思い出が宿る場所であり、その記憶と今の自分がつながっていられる場でもあります。時間の流れの中に浮かび上がる痕跡こそが、私の作品なのです。そして、制作が日常の延長線上にあることも大切にしています。私は妻を亡くして以来、制作の際には必ず娘を同行してきました。彼女が幼かった頃は、私が作業に集中していると「かまってほしい」と寄ってきたり、逆に静かにしていると「何かあったのでは」と気になったものです。今では一人で絵を描いたり、宿題をする時間が増えましたが、ときにはゲームに夢中になっている姿を見ることもあります。その何気ない仕草の中に、幼い頃の記憶がよみがえります。
この作品で描いた形は、瀬戸内海のようでありながら、どこでもない場所を表しています。私が子どもの頃に遠足で訪れた故郷の海岸や、滞在したホテルから制作会場へ向かう車の窓から見た海岸線など、記憶の中にある瀬戸内海の景色を意識しながら制作しました。瀬戸内海は内海であり、ある意味で閉ざされた場所ですが、今回の作品では、鏡を用いることで、描いた海が反転し、外へと広がっていくようなイメージを持たせました。円の外側に広がる海は、もはや「瀬戸内」ではなく「瀬戸外」とでも呼べるものでしょうか。閉ざされた海でありながら、その先へとつながっている海。時間に置き換えて考えると、作品の奥には過去の記憶が宿り、そこから鑑賞者が立つ「現在」へと広がっていくような感覚があります。描かれたもの自体には未来の要素はありませんが、時間の流れの中で、現在からさらに未来へとつながっていく感覚を抱かせる作品になったと感じています。作品で用いた塩も、私が長年続けている「海に還るプロジェクト」の一環として、やがて海へと戻るかもしれません。塩は本来、海から生まれ、一時的に私たちが預かるもの。再び海へ還ることで、終わりではなく新たな循環が生まれる。そうした流れも、塩を用いた表現の魅力のひとつです。
私はかつて造船所や鉄工所で旋盤工として働き、金属加工や生産管理、品質管理の業務に携わっていました。その経験もあってか、今でも工場を見るとワクワクします。自ら手を動かすことはもちろん、職人の方々と共に課題を見つけ、作業工程を改善していく仕事にはやりがいがありました。そして何より、働いている本人が自分の技術や凄さに気づいてもらえる瞬間が嬉しかったことを覚えています。アートがものづくりの現場に新たな視点を生み出すこともあります。普段何気なく繰り返している作業の中に、自分たちの強みや可能性を見いだすきっかけになるかもしれません。産業芸術祭を通じて、そうした気づきの場が生まれ続けることを願っています。
最後に、制作にあたり、ナイカイ塩業の皆様には多大なるご支援をいただきました。この場を借りて、心より感謝申し上げます。有難うございました。
山本基(Motoi Yamamoto)
浄化や清めを喚起させる「塩」を用いてインスタレーション作品を制作。床に巨大な模様を描く作品は長い時間を掛け、一人で描き上げる。展覧会最終日には作品を鑑賞者と共に壊し、その塩を海に還すプロジェクトを実施している。 また、緻密なドローイングや鉛筆画なども制作。近年は企業とのコラボレーションも手掛けるなど精力的に活動を展開している。ニューヨーク近代美術館 MoMA P.S.1 をはじめ、エルミタージュ美術館、東京都現代美術館、箱根・彫刻の森美術館、金沢 21 世紀美術館、瀬戸内国際芸術祭等、国内外で多数発表。石川県金沢市在住。

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