宮原製作所工場内設置作品
呼吸する椅子
舶用エンジンの精度を体感する
瀬戸内には、古くから造船の歴史が根付き、多くの造船所やサプライヤーがあつまっています。
宮原製作所もその一つです。大型船舶用エンジンのピストンなどを作っている非常に珍しい技術を持った会社です。
船に使われるエンジン部品は、いったいどれくらいのサイズでしょうか。車のエンジンなど詳しい方ならもしかするとピンと来るかもしれませんが、実はピストン1本で、人の身長よりも大きく、その重量は何トンにも及びます。
宮原製作所は、そんな巨大な生産物を1ミリをさらに下回る超高精度で仕上げる、まさに日本が誇る緻密で高品質な製品を作られている会社です。
その圧倒的な技術がなせる精度を体感いただきます。
















アーティストインタビュー
渡辺 翔(SYMBOLPLUS)
私たちSYMBOLPLUSはインテリアデザインをベースにしながら、デザインの領域に制限を持たず、空間に関わるあらゆるものを提案します。クライアントのアイデンティティや思想と対峙した際に、その個性を高純度且つ自然なアプローチでアウトプットする事が私たちの役割です。デザインを思考する上での雑念や過剰な要素を極力排除しながらも、そこに余白を忍ばせる事で受け手側の解釈に自由を与え、対象の持つアイデンティティを最短距離で届ける事ができればと考えています。
本芸術祭における、宮原製作所の展示作品「呼吸する椅子」は3つの考え方を下地に作品を構想しました。ひとつめは、宮原製作所における魂を再構築すること。ふたつめは、再構築した魂を鑑賞者にとって身近なものに変換すること。それから、作品を含む空間全体を「アート」として捉えることです。ひとつずつ順を追ってご説明します。
まずは宮原製作所における魂を再構築することについて。ここで触れた「魂」とは、船舶の心臓とも呼ばれるエンジン(大型船舶用)のピストン、排気弁など舶用部品の製造に特化した宮原製作所がもつ高い技術力、ノウハウ、クラフトマンシップを意味します。同製作所が作るエンジンのピストンは大きいもので長さ5m、重いもので4t以上。これほど巨大な製造物の寸法公差を1000分の1未満に留める高精度の技術力には唸るものがあります。この魂を鑑賞者の方々にとって身近なものに置き換えて体験していただくためのキーワードが「呼吸」です。ピストン駆動で生まれる上下運動から連想される「呼吸」は、船舶の心臓部に酸素を送りこむ生命体の脈動を感じさせ、無機物ながらも命ある生きものを思わせる力を持っています。最終的に椅子という形を採ったのは、実際に現場を訪れた際に美しいと感じた、宮原製作所という場所に既に存在する人、風景、作業すべてのその光景をまるごと作品として、鑑賞者のみなさまに眺めていただくための仕掛けにふさわしかったからです。
ここまでの考えが頭の中で固まったのちに、「呼吸する椅子」から見える風景ありきで作品の設置場所を逆算しました。3点あるうちの2点は、瀬戸内海と内海に浮かぶ島々を背景に、黙々と作業を行う職工の方々や巨大クレーン、巨大な製造部品などの手仕事の風景が共存して見える製造所内に設置。海と室内の間には、製作所の大きな開口部があり、それをまさしく絵画の額縁として見立てました。自然と人、もしくは、機械と人の手仕事の対比があざやかに描き出される風景の中には、宮原製作所のクラフトマンシップがそこかしこで感じられます。造船以外の製造業にも同じことが言えますが、これだけの規模感の巨大部品を高精度で作るには、まるでパイロットが操縦するような大型機械の類、NC切削機やマシニングセンターなしでは難しいでしょう。
それと同時に、大型の機械に然るべきパフォーマンスを発揮させるためには、座標やデータを入力したり、切削する素材に対して相応しいドリルを選定したり、冷却するための水分とオイルを使い分けたりと、すべての環境要因や変数を把握した人間による緻密なセッティングが求められます。機械の力を借りる製造業とは言えど、やはり最終的には、人の手によるクラフトマンシップが非常に大事なのだと強く感じ入りました。人の力と目利きによって日本のものづくりは支えられているのだと。さて3点あるうちの残り1点は、テラスに設置し、より高い視点から瀬戸内海を見下ろすような風景を眺めることができます。前述の2点が呼吸に関する動きにそれぞれフォーカスしている一方で、こちらは呼吸音に軸足を置いた作品です。生命体がいのちを維持するために行う呼吸行為において、まるで脈打つ心臓から発される心拍音をイメージさせる音声は、実際に宮原製作所で製造するエンジンを搭載した船舶で収音しました。瀬戸内海は今でも海上輸送が盛んですから、椅子に座っている間に、海上を横切る貨物船を時折望むことができます。もし船舶が現れなかったとしても、エンジン音が響くと、エンジンとピストンの最終形態である船舶の姿が連想され、今まさに座る椅子を構成するものとの間に、見えない意味の繋がりが生まれるのではないでしょうか。眼前に広がる瀬戸内海で機能するなにかと、今自分が体を預けているなにかが地続きに感じられ、まるでひとつの空間として感じられる現象を体験していただけるのではないでしょうか。瀬戸内海に浮かぶ島々から、エンジンを搭載した船舶の鳴らす音がこだまのように跳ね返って、鑑賞者のもとに届くイメージでもあります。
鉄の塊に命を吹き込むような今回の作品は、泥くさい試行錯誤の上に成立しています。設計図を描いた通りに組み立てれば問題ない、ということはなく、愉快なヒューマンエラーもあれば、想定外の動作不良も度々発生しました。そのたびに宮原製作所のみなさんが知恵を貸してくださり、時には、スタディを繰り返して作品をより高みへと引き上げてくださいました。アーティストが現場にいる時間に比べて、はるかに長い時間作品に向き合い、作品の質をより向上させる「良い裏切り」を何度もしてくださったおかげで行き着いた造形の美しさがあります。私だけの思考力や想像力では全く到達できない部分で、卓越した技術をもつみなさんがそれぞれにこのアートコンセプトを解釈して、「こうあるべき」という仮説検証を経て、アーティストの嗜好に喜んで追いついてくださったことに、改めてこの場を借りて感謝を申し上げたいです。
SYMBOL+ (シンボルプラス)
東京と上海に拠点を持つデザインオフィス。グエナエル・ニコラに師事し、欧州ハイブランドのブティックや、高級ホテルのデザインを手がけた2名が代表を務める。インテリアデザインをベースにしながら、デザインの領域に制限を持たず、空間に関わるあらゆるものを提案し続ける。人、ブランド、企業など様々なクライアントの持つ”アイデンティティ”を追求し、 その個性そのものが持つ、背景や性質、環境をリスペクトし表現することで、そこでのみ出会える、唯一無二の空間を創る。代表作は、PowerX ショールーム、Power Ark インテリアデザインコンセプト等。

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